ペリネイタルビジット事業
北九州市小倉地区におけるペリネイタルビジット
「こんにちは赤ちゃん!」小児科訪問の紹介
吉田雄司 (よしだ小児科医院:北九州市小倉北区)
はじめに
開業小児科医と子どもたちの最初の出会いは3ヶ月からの予防接種や4ヶ月健診がほとんどであり、開業小児科医が新生児を診察することや、出産前後の妊産婦と話す機会は極めて少ないのが現状でした。
かつて勤務医の時代に新生児医療を経験した小児科医(過去20年以内に開業した小児科医は専門を問わずある一定期間は新生児医療に従事している)が開業後も、何らかの形で周産期からの子育て支援に参加したいとの思いは全員が持っているはずです。
1992(平成4)年に全国で始まった「出産前小児保健指導事業」の実施数が伸びなかった要因として以下のことがあげられています。
- 小児科医と産婦人科医の連携の困難さ
- 自治体の財政難(地方財政の困窮化)
- PR不足
- 小児科医、産婦人科医、行政それぞれの事業に対する認識不足
- 事業の硬直的な運用
- 対象を育児不安が強い初産婦に限定していた
- 妊娠6~9ヶ月が有効であると時期を限定していた
北九州市においても1996(平成8)年5月より北九州市医師会の事業「出産前後小児保健指導事業」が実施されましたがほとんど利用されることなく、終息宣言のないままこの事業は自然消滅していました。
小児科訪問の時期を出産後まで拡げたにも関わらず、事業が軌道に乗らなかった理由として、全国のそれと同様に対象を育児不安が強い妊産婦に限定したこと、有料相談であったこと、産婦人科医と小児科医との連携の不備や、事業に対する認識不足等が指摘されました。
北九州市小倉地区でペリネイタルビジット(以下PV)事業を開始するまでの経緯
2004(平成16)年11月の北九州地区小児科医会例会で当時の大分県小児科医会会長東保裕の介先生による「大分方式PV事業の取り組み?胎内からの育児支援?」と題しての講演が契機となりました。
講演では全国で唯一全県的事業として継続されている大分県のPV事業の概要、指導の実際等について報告され、その中で
- 妊婦・夫妻と1対1または1対2で、30~60分間じっくりと話ができる新鮮な体験ができた。
- ほとんどの初妊婦・産婦は具体的な育児不安はないが、想像したより遙かに安心を与える.指導を受けたあと、喜んで帰る姿が印象的である。出産後は10年来の顔見知りのように赤ちゃんを連れてくる。
- 育児の出発点から関われ、小児科医としてのやりがいを感じる。ペリネイタルビジットは育児不安から虐待に至る遥か手前で予防できる事業である。
- しかし、この妊婦の喜びは、産科医には直接的には伝わらない
小児科医からのポジティブフィードバックが必要であることなどが話されました。
講演終了後、東保先生を囲んでの懇談の席で北九州でも休眠状態のPVを再開すべきではないかとの意見が出されました。
北九州地区小児科医会からみれば小倉の独断先行という形になりますが、一気に北九州地区全体での事業再開へ持って行く前に産婦人科医と小児科医の顔が互いによく見える小倉地区でパイロット的にまず取り組んでみよう、軌道に乗ればそれから北九州市医師会の事業、さらには公的事業へ発展させようとの要望が小倉小児科医会会員から出てきました。
そこで小倉産婦人科医会に呼びかけて両医会が集まって懇談会を開くことになりました。
以下はPV開始までの主な会合や勉強会です。
第1回小倉産婦人科医会・小倉小児科医会懇談会
- 日時
- 2005(平成17)年2月8日(火)
- 参加者
- 小倉小児科医会より8人、小倉産婦人科医会より4人
- 懇談の内容
- フリートーキング、それぞれの医会の現状と考え方、周産期の問題、母子保健のあり方、PV、今後の懇談会の進め方など
第2回小倉産婦人科医会・小倉小児科医会懇談会
- 日時
- 2005(平成17)年8月30日(火)
- 参加者
- 小倉産婦人科医会からは13名(小倉医師会所属の分娩を扱う全ての開業産科医が出席)、小倉小児科医会から15名
- 懇談の内容
- PVについて(2006年4月開始を目標に)
第275回小倉小児科医会臨床懇話会
- 日時
- 2005(平成17)年10月13日(木)
- 会場
- 国立病院機構小倉病院
- 演題
- 「出産前後小児保健指導事業(PV)の再開に向けて」
- 演者
- 吉田雄司(よしだ小児科医院)
第3回小倉産婦人科医会・小児科医会懇談会
- 日時
- 2005(平成17)年11月28日(月)
- 場所
- 小倉医師会館1階応接室
- 議題
- 「PV」について
1. 対象者の範囲
2. 紹介状、報告書の内容検討
3. データの集積をどのようにするか、誰が、どこで
4. 連絡協議会の設置について
5. 2006(平成18)年4月事業開始までの連絡会・勉強会の進め方
小倉小児科医会臨時総会
- 日時
- 2005(平成17)年12月13日(火)
- 場所
- 小倉医師会館
- 内容
- PVを小倉小児科医会の事業として始めること、事業費を小倉小児科医会から出費することが承認された。
280回小倉小児科医会臨床懇話会
- 日時
- 2006(平成18)年3月9日(木)
- 場所
- 国立病院機構小倉病院
- 演題
- 「出産前後小児保健指導(PV)の実施に際して」
- 演者
- 吉田 雄司(よしだ小児科医院)
- 内容
- PV事業を2006(平成18)年4月より開始するに際して事業の実際の流れ、紹介状、指導票、各種問診票、指導マニュアルや利用者向けのパンフレット等の説明。
以上の会合とは別に小児科訪問時の小児科医よりの指導で各医師間での偏りを無くして基本的な指導内容の統一を図るため「PVマニュアル検討会」を開きました。マニュアル作成に当たっては神奈川県大和市で独自にPVを実施している門井伸暁先生自作のパンフレットや福岡市医師会出産前後子育て支援事業検討委員会編集のマニュアルを参考にしました。
パンフレットや紹介状、指導票、問診票等は大分県や福岡市の様式を基に作成、加えて「エジンバラ産後うつ病質問票」と「赤ちゃんへの気持ち質問票」も出産後の小児科訪問時に原則使用することにしました。
家族にもパンフレットとして手渡せる指導マニュアルの項目としては以下の通りですが、キーワードである「育児の心構え」という文言は、いかにも上の方から指導してやるという見下したイメージが強いため極力排除しました。
門井伸暁先生のパンフレットを基に先生の許可を得て一部改変したものを指導マニュアルとしても活用しています。
PVパンフレット(254KB)
- 赤ちゃんが家にやってくる!(楽しく育児をするために)
- 母乳育児について
- お部屋の温度
- 皮膚の清潔について
- よくみられる赤ちゃんの症状・状態とその対処方法
- お出かけや旅行について
- チャイルドシートの選び方
- 予防接種の受け方
- 乳幼児健診の受け方
- 赤ちゃんが休日・夜間に具合が悪くなったとき
- パパの出番ですよ!
- ママやパパにアレルギーがあるとき
- タバコと子どもの健康被害
またPV事業のネーミングをどうするかでも悩みました。「わいわい」、「すくすく」、「いきいき」など、前に付ける冠詞についていくつか案が出ましたが、それぞれ他の事業や、NHKの番組で使用されていたことより却下、「こんにちは赤ちゃん!」小児科訪問(昔あった流行歌と同じ名前ですが、作詞をした永六輔氏の許可はとっていません)としました。その後厚労省が進める「子育て支援訪問事業」の名称が「こんにちは赤ちゃん訪問事業」とされましたが小倉が先です。
以下にPV事業の実施要綱と具体的な相談の流れを註1,註2に記します。
これも基本的部分は1996(平成4)年に北九州市医師会の事業として始まった出産前後小児保健指導事業の実施要綱に沿っています。変更した箇所は対象者を育児不安の有無に関わらず全ての初産婦としたことと無料相談としたことです。
北九州市医師会の事業である「出産前後小児保健指導」が停滞した一因が有料相談にあったことから原則無料相談とし、また実施主体も小倉医師会ではなく小倉産婦人科医会と小倉小児科医会会員の中で本事業に賛同する医療機関としました。
註1小倉地区における出産前小児保健指導(PV)実施要綱
- 事業名
出産前後小児保健指導(PV):「こんにちは赤ちゃん!」小児科訪問 - 実施主体
小倉産婦人科医会と小倉小児科医会 - 対象者
妊娠28週?産後2ヶ月(産後56日)の妊婦および新生児を持つ母親や家族。初産婦では全例、経産婦では小児科医による保健指導を必要とする場合、あるいはそれを希望する場合とする。 - 実施医療機関
小倉産婦人科医会と小倉小児科医会に属する産婦人科医および小児科医で、本事業に賛同するもの。 - 実施開始日
2006(平成18)年4月1日(水) - 実施方法
(1)本事業の趣旨説明と勧奨
産婦人科医が、対象者に出産前後小児保健指導紹介状(以下紹介状)を交付する際に、本事業の重要性をよく説明し、小児科医への受診を勧奨する。
(2)産婦人科医から小児科医への紹介
産婦人科医は、原則として初産婦では全員、経産婦では小児保健指導を必要と認めた、あるいは自身で希望した対象者に所定の紹介状に必要事項を記入して交付する。紹介先の小児科医については妊産婦やその家族の選択に委ねるが、その決定が困難な場合には、対象者の地理的状況や希望などを考慮して紹介する。紹介先小児科医へは産婦人科医または対象者が電話にて予約する。
(3)小児科医による保健指導
小児科医は、産婦人科医からの紹介状を持参した妊産婦などに対して、個別保健指導を行う。小児科医だけではなく看護師などコーメディカルの指導への参加も可能である。全体の指導に30分?60分程度がとれる予約時間を設定して感染防止および個人情報保護の観点から一般の外来診療とは異なる時間帯に行う。保健指導の際は、妊婦の育児に対する考え方の批判や育児に介入する態度は控えるとともに紹介元の産科医院の診療方針にコメントはしないことを原則とする。
(4)出産前後小児保健指導の報告
保健指導を行った小児科医は、指導内容を紹介元の産婦人科医へ連絡する。また、産婦人科医は紹介実施件数を、小児科医は指導実施件数を月単位でまとめ、翌月10日までに小倉医師会担当者に報告する。 - 連絡協議会の設置
小倉産婦人科医会と小倉小児科医会の会員より構成する連絡協議会を設置し、定期的に本事業の実施状況や運営上の問題点を協議する。 - 本事業にかかる費用
(1)出産前後小児保健指導紹介料(産婦人科→小児科):小倉産婦人科医会で決定
(2)小児保健指導料 :一件あたり1500円*
* 平成18年度は対象者からは徴収しない(無料相談)で、小倉小児科医会の会計より実施医療機関へ件数に応じて支給する。平成19年度以降の金額および負担者については小倉小児科医会で検討する。
現在は小児保健指導料として一件につき500円を年度末に小倉小児科医会の会計より各小児科医療機関に支払う。
註2「こんにちは赤ちゃん!」小児科訪問:相談の実際
- 産科医院での具体的な流れ
(1)産科医は、妊婦とその家族に「お産前後の子育て相談」の意義や重要性を知らせるとともに、妊娠24週?28週頃の妊婦に対して『「こんにちは 赤ちゃん!」小児科訪問のすすめ』のリーフレットを利用して、お産前(妊娠28週?)、あるいはお産後早め(産科退院後?生後2ヶ月)に小児科医を訪問することを積極的に勧める。そして原則として、夫婦での訪問であることを伝える。
(2)対象となる妊産婦は、初産婦全員と産科医が必要と認めた、あるいは自身が希望した経産婦である。
(3)産科医は、紹介状を作成し小児科訪問を希望する妊産婦にわたす。
・ 紹介状は2部複写して1部は自院の控えとして保存、1部は当月分をまとめて翌月の10日までに小倉医師会担当者に提出する。
・ お産前の小児科訪問の場合
「子育て支援のための問診票」をわたし、小児科訪問前に記載してもらう。
・ お産後の小児科訪問の場合
「子育て支援のための問診票」と「赤ちゃんについての問診票」をわたし、小児科訪問前に記載してもらう。
(4)小児科医の紹介
・ この事業に参加している小児科の名簿をわたし、希望の小児科に紹介する。
・ 希望する小児科が分からない場合は、家族と相談の上、近くの小児科を紹介する。
・ 妊産婦は、自身で訪問する小児科医院に電話連絡して、日時を予約する。
- 小児科医院での相談の流れ
(1) 小児科医は、この小児科訪問が家族にとって意義あるものとするために、 以下のような環境整備と準備を行なう。
・ 主に感染防止のため一般外来とは異なる時間帯を用意する。
・ 落ち着いてゆっくりと話合えるように、30分程度の時間を確保する。
・ 用意したマニュアル、リーフレット、資料を参考にして相談に応じる。
・ 相談の質の均一化と向上のための勉強会に積極的に参加する。
(2)小児科訪問時の対応
・お産前小児科訪問の場合
予め持参された「産科からの紹介状」と「子育て支援のための問診票」の記載内容を確認する。
・お産後小児科訪問の場合
予め持参された「産科からの紹介状」、「子育て支援のための問診票」および「赤ちゃんについての問診票」の記載内容を確認する。
また、小児科で用意した「赤ちゃんへの気持ち質問票」と「お母さんへのアンケート:エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)」にも答えてもらう。
(3)赤ちゃんの診察について
・ 赤ちゃんを同伴されている場合は、診察を行なう。
・ 湿疹やおむつかぶれ等で家族が薬を希望し、軟膏などを処方した場合のみ保険診療とする。
(初診扱いになるので母子手帳に加えて保険証や乳幼児医療証は予め持参させる。)
(4)相談結果の判断と事後処置
1.結果の判断
・ 産科からの情報、家族の状況、家族との面接などで、母親の育児不安の程度・ 育児観・性格を把握し、問題点の有無とその程度を判断する。
2.事後処置
【 問題点がない場合 】
a. 産科へのフィードバック
・指導票に相談の内容を記載して、小児科を訪問した妊産婦が安心した様子を紹介元産科医に報告する。指導票は2部複写して1部は自院の控えとして保存、1部は当月分をまとめて翌月の10日までに小倉医師会担当者に提出する。
出産前の相談では指導票に加えて「子育て支援のための問診票」を、出産後の相談では「子育て支援のための問診票」、「赤ちゃんについての問診票」、「赤ちゃんへの気持ち質問票」、「お母さんへのアンケート:エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)」の写しを各1部小倉医師会担当者に提出する。
b. 妊産婦・家族へのフィードバック
・相談の内容を簡単にふりかえり、必要があればいつでも受診してよいことを伝える。
【 問題がある場合 】
a. 産科へのフィードバック
・指導票に問題点と今後の方針を記載して紹介元産科医に報告する。指導票は2部複写して 1部は自院の控えとして保存、1部は当月分をまとめて翌月の10日までに小倉医師会担当者に提出する。(前記同様各種問診票の写しも1部提出する。)
b.妊産婦・家族へのフィードバック
・今後小児科で経過をみていくことが原則であるが、必要があれば他の専門機関に紹介する。
・ 問題の内容によっては、家族の了解をえて「子育て支援訪問事業:現在はのびのび赤ちゃん訪問」を利用し、保健師と連携する。
・小児科医だけでは対応が困難と判断される場合は、保健師と連携しながら専門機関に紹介する。
* 心理的・精神的な問題は、臨床心理士や精神科医へ。
* 社会的・経済的な問題は、各区の生活支援課へ。
* 総合的な問題は、子ども総合センター(児童相談所)へ。
別のPV帳票類(150KB) に紹介状、指導票、4種類の問診票(「子育て支援のための問診票」、「赤ちゃんについての問診票」、「赤ちゃんへの気持ち質問票」、「お母さんへのアンケート:エジンバラ産後うつ病質問票」を掲載しました。
2011(平成23)年4月時点での事業参加者は小倉産婦人科会から13施設14人、小倉小児科医会から24施設25人(全て小児科専門医)です。
PV事業を円滑に運営するための連絡会の名称を小倉産婦人科医会・小倉小児科医会連絡会として、小倉産婦人科医会より会長を含む5人、小倉小児科医会より会長を含む8人が委員となり2ヶ月に1回連絡会を開催しています。
連絡会では
- 紹介・相談ケースの集計および検討
- 事業事態の問題点の検討、紹介状、指導票、各種問診票の修正
- 定期的な研修会(勉強会)・登録医の出席義務化
- 公的事業である「子育て支援訪問事業=現在はのびのび赤ちゃん訪問」との連携
- 軌道に乗ればペリネイタルビジットを北九州地区全域に拡大、行政を巻き込み、大分県を目標に公的事業に発展させるための方策などが議論されました。
「こんにちは赤ちゃん!」小児科訪問開始後5年間の実績と評価
対象地域(小倉北区・南区)の年間出生数は約3,800人であり、個人の産科施設に限定すると年間約2,800、初産では年間約1,500と試算されます。
産科より小児科への紹介状発行件数は1年目の2006年4月?2007年3月が284件、小児科訪問(指導)件数は1年目173件(訪問件数/紹介件数=61.1%)であったのが、5年目の2010年4月?2011年3月では紹介状発行件数510件、小児科訪問件数353件(訪問件数/紹介件数=69.2%)でそれぞれ初年度の1.8倍、2.0倍と大幅に増加しました。(図1,図2)
小児科訪問の時期では出産前(プレネイタル)と産後27日まで(新生児期)の相談件数の割合が少なく、育児不安がほとんど解消され育児にも慣れてきた産後28日?56日の相談が最も多く52.1%、さらに産後2ヶ月を過ぎた相談事例も23.2%であり、約75%が1ヶ月以後の訪問でした。(図3)
また初産が出産後の訪問件数の約90%(図4)であり、2010(平成22)年の単年度では小倉地区の開業産科医で取り扱う初産(年間約1,500件)の20%に相当します。
産科施設間で紹介件数に偏りがあり、登録13施設中6施設で90%以上の紹介件数がある一方で、未だ紹介件数が0あるいは年に1?2件の産科施設があり、各産科医の中でもこの事業に対する認識に温度差があることが想定されました。
また当然ですが紹介件数の多い産科施設に近い小児科医院で相談件数が多い傾向が見られ、中には月に4?5件以上の相談件数があり日常診療を圧迫している施設もあります。
逆に本事業に登録していても、この間に一度もペリネイタルビジットを経験していない会員もいます。産科主治医より小児科へ紹介されても未受診が5年間で30%以上あることも今後の課題です。
登録産科医、小児科医、家族へのアンケート調査
2007(平成19)年8月に登録産科医と小児科医に対してアンケート調査を実施、登録産科医13施設中 9施設から、登録小児科医24施設中 20人より回答を得ました。
今後もこの事業に参加を継続しますか?の質問に対して、産科医の1人だけが現状ではやめたいと回答しました。やめたい理由としては、現状では産前相談のニーズはほとんどない、この事業は1ヶ月健診を小児科医が引き受けるという方向で進めないと無理がある、とのことでした。回答いただいたその他の産科医と小児科医は全て継続の意思を表明しました。
2006(平成18)年9月?2007(平成19)年12月の間に「こんにちは赤ちゃん!」小児科訪問を利用した家族に対して2008(平成20)年4月にアンケートを行い、郵送できた265家族中、140家族(52.8%)から回答がありました。
家族へのアンケート(3.2MB)
140家族中、137家族が産科主治医よりの紹介や産科医院内のポスターやパンフレットでこの事業を知っており、産科施設での広報が重要であることが分かりました。
117家族(83.6%)が相談した小児科医をその後もかかりつけ医にしていました。
残りの23家族中、自宅から遠い、先天性心臓病のため専門病院に通院している等を除いた9家族が、自分には合わないと思った、説明がよく理解できなかったことをかかりつけ医にならなかった理由としていました。
121家族(86.4%)がこの事業が意義あることに理解を示しましたが、少数でもネガ
ティブな評価があることは、これから本事業を継続していく上で無視できません。相談した小児科医とウマが合うかどうかも、主治医を選ぶ上で大切です。
役に立った相談内容で多かったのは予防接種の受け方、よく見られる赤ちゃんの症状や対処の仕方、小児科医へのかかり方や乳幼児健診についてでした。
同様の質問項目で2010(平成22)年5月より小児科訪問時にアンケート用紙を渡していますが、現在まで回収されたアンケート結果では里帰り出産を除いてほぼ全例が小児科訪問後に訪問先をかかりつけ医としています。またPV事業を好意的に受け止めていますし、出産前にも小児科訪問したかったとの感想も少なくありません。
PVのこれからの課題と開業小児科医による1ヶ月健診
北九州市内でも小倉地区(小倉北区と小倉南区)という限定された地域であるからこそ産科医と小児科医のお互いの顔がよく見えること、産科医より小児科医に紹介する対象を育児不安の強い妊産婦等のハイリスクの家族に限定しなかったこと、過去の反省から無料相談にしたこと、そして多くの産科医がPVの重要性を理解し、自院の外来で積極的に妊産婦にPRしたこと等が紹介件数や小児科訪問件数の増加をもたらしたと考えています。
本事業に参加している小児科医が例外なく、やりがいや手応えを感じていることがアンケート調査からも読み取れました。今まで長時間妊産婦と対面することがほとんど無かった小児科医が自分自身の診療スタイルを見直すチャンスにもなっています。
また2007年に実施した利用者へのアンケートでは大部分の家族が、訪問した小児科医をその後もかかりつけ医としていることはPVの本来の目的に叶っていますが、少数でもネガティブな印象を持たれたことは、個々の指導内容を見直し医者間での偏りを無くし質の向上を図る動機となりました。昨年度より実施している家族へのアンケートではこの点が解消され、里帰り出産を除いて全例が訪問した小児科をかかりつけ医としています。
事業開始前から予想されていたように出産前(プレネイタル)の相談割合が少ないのは多分に日本的要素、つまり出産前には生まれてくるベビーの具体的な心配事よりも無事に出産を終えたいという思いが優先することも一因です。1ヶ月過ぎての小児科訪問の率が高いのは産科医院で行う1ヶ月健診時に紹介されることが多いことに一致しています。
しかし出産後に小児科訪問した母親の中で出産前にもっと相談しておけばよかったとの感想を持っている場合も少なくありません。出産後早期(1ヶ月以内)に母子で小児科訪問するのはかなり負担を感じるようです。理想的には出産前(プレネイタル)に夫婦で小児科を訪れて、ゆっくりと相談する時間を設定することです。小児科医の仕事はどういうものか、この小児科医とウマが合うか等を観察することです。さらに出産後にもう一度親子で小児科訪問できれば申し分ありません。
PVは産科医が小児科医への紹介状を書くことから始まる事業ですので、産科医院での情報提供が最も大切です。3割以上ある未受診を減らすため、産科医が紹介状を書くと同時に紹介する小児科医院にもおなじ紹介状をFAXすることにしました。そして1週間過ぎても家族より小児科訪問の予約電話が無い場合には、紹介された小児科医の方から家族に電話で訪問の意思を確認することになりました。
また2007(平成19)年8月より母子健康手帳交付時に「こんにちは赤ちゃん!」小児科訪問のパンフレットを添付することや区役所内にポスターを掲示することを生活支援課に申し入れ許可されましたので、小倉の産科医と小児科医が地域で子育て支援を積極的に実践していることを行政にも知らしめることができました。
現在まで公的な「子育て支援訪問事業(北九州市ではのびのび赤ちゃん訪問事業)」との連携は十分とはいえませんが、今後お互いに情報を共有するため現場の保健師との連携は不可欠です。産科と小児科の連携を強化するには今以上に両者の垣根を取り払い、小児科医も小児科訪問後の指導結果を単なる指導票の送付だけに留まらずに産科側にフィードバックすべきでしょう。
これからも「かかりつけ医確保」という本来の目的にかなった、そして多くの小児科医が気軽に参加して、楽しめるPVを展開するつもりです。
しかし、一方で小児科医を紹介された妊産婦の約30%が未受診であること、紹介件数や小児科訪問件数が各医療機関で多寡があること、5年間を経てもPV事業を北九州地区全体に拡大できず、ましてや公的事業に発展できていない現状は大きな反省点ですが、PV事業を通して、小倉地区に限れば開業産科医と開業小児科医との連携が深まったことは確かです。年に1回のビールを飲みながらの懇親会は両医会会員の親密度を増す絶好の機会となっています。
相談件数が多いと昼休みだけではなく午後の診療終了後や、休診日も相談時間に費やすことになります。それでも一般診療や乳幼児健診の時間に組み入れることなく本事業を息長く続けることは、われわれ小児科医にとってのメリットは大きいものです。
小児科訪問をクリニックの昼休み、診療終了後の夕刻や土日の休診日に行うことで日常診療を圧迫せず家族とゆっくり話すことができます。従来、開業小児科医と子どもたちとの最初の出会いは3ヶ月からの予防接種や4ヶ月健診でしたが、PVはそれより早期に児と接する場となっています。出産前や1ヶ月前後の小児科訪問の後にも予防接種で何度か来院して小児科医やスタッフと顔見知りになると、4ヶ月健診では家族と医療者双方の緊張感が緩和され、児の診察や家族への指導がとてもスムーズに行われます。
2011(平成23)年1月24日より北九州市ではヒブワクチンと肺炎球菌ワクチンの公費助成が始まりました。同時接種後の死亡例の報告があり、一時両ワクチンの接種が中止されましたが、ワクチン接種と死亡との因果関係が否定されたことより、4月から両ワクチン接種が再開され、希望者には2種類以上の同時接種も実施しています。したがってワクチンの情報提供と接種計画の指導はPVにおける小児科医の重要な役割の一つです。
また、新生児・乳児ビタミンK欠乏性出血症に対するビタミンK製剤投与のガイドラインが公表されましたので、服薬指導や内服の確認等、産科医との共通認識も不可欠です。
この点から遅くとも産後(生後)2ヶ月までにPVを実施することが必要です。
5年間の実績を眺めても産科医院での1ヶ月健診以後の小児科訪問が大部分(約75%)であり、当地区ではPVよりも小児科医により1ヶ月健診に近いと言えるでしょう。これからは生後2週間頃から1ヶ月前後の健診を開業小児科医の手で実施すべきでしょう。
ただし、PVや1ヶ月健診を開業小児科医が実施することが「育児不安の軽減」や「虐待予防」に直接繋がることはなく、ハイリスクの家族には多方面からの介入、支援体制が不可欠です。
また1ヶ月健診を小児科医が担い受診率を上げるには公費助成が絶対条件です。山口県では多くの市町村で小児科医による1ヶ月健診(公費)が実施されていますので、その経緯は参考にする価値があります。中でも山口市や宇部市では95%以上の実施率であり、1ヶ月健診を子育て支援の起点として「愛着形成への支援」、「虐待予防への視点」、「母乳育児支援」、「ワクチン接種の啓発」の場としています。そのため1ヶ月健診医はワクチンの接種や指導ができることが必要条件です。
開業小児科医による1ヶ月健診の公費化は当然小倉地区のみではなく北九州地区全域で実施されることであり、北九州市産婦人科医会と北九州地区小児科医会とが協力して行政との交渉に臨むべきでしょう。1ヶ月健診の公費化が実現してもハイリスク妊産婦を対象としたPVは継続すべきであり、公的な「妊娠期からのケアサポート事業」、「のびのび赤ちゃん訪問事業」とも連携して、「周産期からの子育て支援」の輪を構築することは開業産科医と開業小児科医のアイデンティティに繋がるものと考えます。
開業小児科医は産科医の要望に応えるためにも新生児の診療技術や周産期の最新知識を獲得することが責務です。これからはLate preterm児(34週?37週未満で出生)のフォローや日常診療、SGA性低身長症等も新たな課題として開業小児科医も関与すべきであり、そのためにも市内のNICU勤務医との情報交換や連携強化が大切になります。
赤ちゃん成育ネットワークの「周産期からの子育て支援部会」では今後の活動として、山口県以外の全国でも開業医小児科による1ヶ月健診が実現できるように全国のネットワーク会員の力を結集したいと考えています。
2011年8月26日